「経験」を伝えるために最も必要なたった1つのこと。
2000年代の初めに、アメリカのNASAはある危機を迎えていました。
その危機とは、スペースシャトルのジェットエンジンに携わる科学者とエンジニアの40%が定年を迎えてしまうというものです。
数々の宇宙探索計画で数十年かけて蓄積してきた貴重な経験を失いかねない状況です。
そのような経験情報は、お金を払って買うことや、短時間で容易にコピーできるものではありません。
「こうしたかけがえのない貴重な「経験知」を、社内で継承していくには、どうすればよいのか?」
そんなテーマで、ハーバード大学のドロシー・レナード教授と、
タフツ大学の心理学学長のウォルター・スワップ教授が行った研究『DEEP SMARTS』について、この記事では言及していきたいと思います。
「経験知」の重要性
経験知は会社組織にとって貴重な財産であり、
継承すべきものと前述しましたが、
では具体的に、経験知とは実際の現場において
どのようなことを指すのでしょうか。
大きくは「パターン認識型」と「感覚的知覚型」
に大別することができます。
- 「パターン認識型」
エキスパートのタクシードライバーは、
過去のパターン認識から時間帯によって渋滞エリアを予測し、
目的の場所へ最短時間で向かうことができる。
- 「感覚的知覚型」
エキスパートの消防士は、
どれだけ放水しても消火が進まない一般家屋の火災に、
直感的に不安を感じ、1階の消火部隊を撤退させた。
撤退直後、1階の床が崩れ落ちたが、被害者はいなかった。
実はその家屋に地下室があり、出火場所はその地下室であることが判明した。
どちらもマニュアルでは対応できない
過去の経験や体験から学ぶことでしか体現できない行動であり、
これらの仕事に求められる付加価値を創造していると言えます。
経験知の移転は可能なのか?
上記のような並外れた「経験知」を他の人間に一瞬にして、
インストールすることは不可能です。
しかし、本書ではたった一つだけそれを継承する手段があると語ります。
それは、「人による指導」
という極めてシンプルな答えです。
ハーバード大学の研究にしては、ちょっと拍子抜けな感じも否めませんが、
「具体的にどのように指導をしていくべきなのか?」
という点についてが、本書の一番の本質的部分になります。
その点について、引き続き解説していきたいと思います。
「経験知」移転の指導フロー
1.誰に教えてもらうか
組織において「経験知」を保有する量の序列は、
以下のように定義されます。
- エキスパート
- ベテラン
- 見習い
- 初心者
この場合、いきなりエキスパートが初心者を指導することはありません。
エキスパートがベテランの指導にあたり…
ベテランが見習いの指導にあたり…
見習いが初心者の指導にあたる。
といったように、川の水が山頂から流れてくるように、
知識を上流から下流へ流していくというようなプロセスをたどります。
また、指導する立場の「コーチ」と、教えを乞う立場の「教え子」は、
一対一の関係性で学んでいく必要があります。
そして、「何を達成する為に教えるのか?教えてもらうのか?」というマインドの共有ができてなくてはいけません。
2.どうやって教えてもらうか
指導の方法には、以下の4つのプロセスがあります。
- 練習
- 観察
- 問題解決
- 実験
これは、ソクラテス方式とも呼ばれています。
一方的に知識を伝えるより、教え子に質問して答えさせる対話型の教育方法を取っていました。
・曖昧な言葉や思考を明確化・精緻化すること。
・固定観念に疑問を投げかけ、根底にある現象について深く考えること。
これらのことが求められていた理由は、教え子により主体的に考えて、行動をさせる為です。
つまり、「経験知」を伝えるということも、一方的に教えるのではなく、
教え子が主体的な行動を伴って獲得しにいかなければいけないのです。
コーチの役割は、その際の適切なフィードバックとも言えます。
3.何を学ぶべきか
エキスパートやベテランのコーチから学ぶべきものは、
「暗黙の知識」です。
具体的には、
・言葉にするのが難しい経験。
(自転車の乗り方や、デザインの評価の仕方)
・エキスパートがその知識を言葉で表現しようとしたことがないもの。
(消防士の緊急時の対応)
・その分野の知識が確立されておらず、個々人の判断に任されているもの。
(先端技術の研究)
教え子は、コーチの持つこれらの要素を見抜き、
実際の経験や検証を通じて言語化することが、最も有効な手段です。
まとめ
経験から五感を使って学んでいくというのは、
人間だけが持っている高等スキルだということを改めて感じます。
それゆえに、経験から得られるものを継承していくことは、
まだまだAIが発達してとしても、その感情や感覚までを伝達することは難しいと思います。
教える側も、教えられる側も自分の経験の中で、
数値化して機械に代替えできるもの、そうでないものの線引きを意識しながら、
学びを深めていくことが大事になることは間違いありません。