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30代ビジネスマンの備忘録。 マネジメントやマーケティングに関するビジネススキルや、サウナ、ウィスキー、時計などの趣味について。

ブログに書くことがなくなってしまった時に僕がヒントにしている3つのこと。

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ブログに書くことがなくなってしまった時に僕がヒントにしている3つのこと。

 

「ブログに書くが全く思い浮かばない」

 

ブログ運営を始めた初期はよくこの壁にぶつかったし、400記事を越えた今でも普通にあることだ。

 

また、これは仕事で「良いアイデアが浮かばない」ことへの対処だったりとか、もっと言うと生活において「今夜の夕食に何を食べようか?」という些細な問題まで、本質的にはほとんど同じだと思っている。

 

まず大前提として、僕自身が「ブログに書くことがなくなってしまった」という状況に陥ってしまった場合のスタンスとして、「これは、ポジティブな状況である」と捉えることだ。

 

なぜ、そのような思考になるのか?

 

僕の場合、ビジネス系のネタを中心にブログを書いているので、何か仕事上で大きな悩みがある時や問題が発生した時ほど、記事化するネタは多いと言える。

 

つまり、ネタが少ないというのは、それだけ悩みや問題が少なく、仕事が円滑に進んでいる状態であるとも言えるのだ。

 

ただ、そうはいっても、僕はその状態が完璧な状況であるとは全く思っていない。

それは、自分の意識下にある顕在化されたものの裏には、まだ自分でも意識すらできていない潜在的な問題が隠れているものだからだ。

 

だからこそ、「ブログに書くことがなくなってしまった」状況というのは、これまで自分が気づいていなかったことを新たに発見するチャンス、視点や視野を広げるチャンスなのだと思う。

 

続いて、具体的な方法について話を進めていきたいと思う。

 

自分のブログを見返す

自分のブログを見返すという行為は発見の宝庫だ。

 

  • 自分が忘れていた自身の課題感の再認識
  • 今の自分と過去の自分の考え方の違いの発見
  • 過去は出来ていなかったが、今は出来るようになったことの発見

 

このような発見が山ほどある。また、これらに対して「なぜそうなのか?」という問いかけを与えるだけで、2~3本の記事になるだろう。

 

具体的な例だと、「21年の抱負」という年始の目標に関して過去の自分が書いた記事に対して、年末に「どれだけ目標達成ができたか?」という答え合わせをする記事を書いた。

seiburo.hatenablog.com

 

その中では、しっかり取り組むことができたもののあれば、自分でも忘れていた目標もあった。その中には、今年に持ち越す必要がある目標もあれば、もう流してもいい目標もあった。

 

しかし、過去の記事を振り返ることで、そのような発見ができたことは、自分にとっては非常に大きいことだ。

 

他人の発信に触れる。

自分以外の人の発信に触れることも重要だ。

特に、自分と考え方や年齢・立場が近かったり、考え方に共感ができる人の発信に触れる方が、ヒントは多いと思う。

 

なぜなら、あまりに自分とは距離がある人物の発信だと、ただただ「この人、すげぇな」と感心や感動といったエンタメを消費する方向に行ってしまいがちだからだ。

 

あえて、自分と近い人の発信に触れることで、等身大の自分との比較がしやすいと思う。すると、以下のような考えが生まれてくる。

 

  • 他人が持っていて、自分が持っていないものは何か?
  • 他人がやっていることで、自分だったらやりたいと思えるものは何か?
  • 自分がその他人だったら、どのような発信をするか?

 

一人の情報発信者に着目するだけで、たくさんの考えが生まれてくる。

 

このブログでも、世代が近いブラック企業勤務をしているサラリーマンの日常生活を発信しているYouTubeチャンネルから、様々なことを考え記事として紹介したこともある。

seiburo.hatenablog.com

 

ブログから距離を置く

最後は、煮詰まった状況から一時的に離れるということだ。

どうにも考えが浮かばない時には、リセットも大切だと思っている。

 

そんな時、僕は以下のような一切を忘れ世界観に没頭できる逃げ場所や空間を自分なりに用意している。

 

  • 昭和の純喫茶
  • 真夜中のドライブ
  • 銭湯のサウナ

 

そういった世界に浸ることで、現状の問題からいったん解放されることができる。

そしてもう一度、現実世界に戻ってくると、それまで抱えていた問題は、非常に小さいことのように思え、自然と新しい考えが浮かんできたりする。

 

ただ、これを意識的に行おうとすると、全然ダメだったりする。

考えに考え疲れて、頭がぼーッとするような状況に追いこまれている時ほど、「無」になれる感覚がある。

 

この感覚を言語化することは非常に難しいが、とにかく自分を忘れることができる場や空間を持っておくというのは重要なことである。

 

まとめ

まさに今日、この記事を書くきっかけを与えてくれたのが、「ブログに書くことがなくなってしまった」という今朝の自分の心の声からだった。

 

そこから、自分っていつもこういう時どうしていたんだっけ?と考えることで、アイデアが膨らんできた。

 

記事の中では、いくつかの前提やポイントを述べたが、最も重要なことは「手を休めない」ということかもしれない。

 

不完全でも、何かしら文字をタイピングしていくことで、少しずつ形になってくる。ということがある。考え続けることは大切だが、頭の中でいくら考えても前に進まないことが、手を動かして文字にしていった途端、一気に考えが深まるという経験をしたことがあるのは、僕だけではないはずだ。

 

明日からも、しっかり手を動かしていこうと思う。